食べた後、幸せが3日間持続するお寿司やさん
頭から尻尾までさんまを一匹使用した徐福寿司の名物さんま寿司は、かつてお正月やお祝いの席などで欠かせなかった南紀の郷土料理。
人生の中で、忘れられない味に出会うことがある。
徐福寿司でお寿司をいただいた時、まるでていねいに扱われてきた骨董に触れたような気持ちになった。嫌なものをひとつも感じなかった。仕事の厚みがじんわりと味に滲み出ていたのだろう。カウンター数席に、小上がりという店構え。今時珍しく親子でお店を切り盛りする様子もとても温かい気持ちになる。
このすべて。「おいしい」の4文字でこと足りるわけがない。

写真左から右へ。3代目の里中陽互さん、4代目里中佑吉さん。家族でお店を切り盛りする、今時ありそうで珍しいスタイル。
徐福寿司は1950年(昭和25年)、JR新宮駅近くにある徐福公園内に誕生。その20年後には徐福公園裏門前に移転し、さらに12年後にJR新宮駅前の駅前店がオープンした。
寿司屋といってもいろいろあるけれど「うちは、さんま寿司や昆布で巻いた昆布巻き、玉子寿司といった田舎寿司が特徴ですね」と4代目の佑吉さんが言う。
寿司屋に生まれ、寿司屋に育ち、寿司屋を継ぐ4代目佑吉さん。
さんま寿司は南紀でよく食べられる郷土料理。細かな骨を抜き、ゆず酢につけたさんまをまるっと一匹使用した姿寿司だ。秋から冬にかけて熊野灘沖にやってくる脂の抜けたさっぱりしたさんまがよくとれたことから、かつてはお正月準備には家々でさんまを買い求めつくられていたもの。
今では手間がかかるからつくる人はとても少なくなってしまった。
徐福寿司のさんま寿司誕生秘話
徐福寿司がさんま寿司をお店で商うようになったのは、もうずいぶん前のこと。J R紀勢本線が開通した昭和30年。列車を利用する駅弁としていくつかのお店がさんま寿司の製造をスタートさせた。
「さんま寿司はもともと家庭でつくるものですから、初めはそこまで商品価値がなかったかもしれないです。そんな中で、当店は地元のお客様をターゲットにしました。つまりさんま寿司を初めて食べる人ではなく、食べたことのある人をターゲットにしたんです。さんま寿司を知っている方に認められた、という自負はあります」と3代目大将里中陽互さんが教えてくれた。
3代目里中陽互さん。陽互さんはSNSを使いこなし、facebookでは毎朝「今日のオメザ」をアップするとてもチャーミングな大将。公式Instagramアカウントはsushiyohgo3485。
カウンターと小上がりがある店内。昔ながらの寿司屋の王道を行くような店構えも好い。
もはや南紀の名物、さんま寿司。その原料となるさんまは、悲しいことに漁獲量が減っている。理由は色々。さんまの水揚げ時期に天候不良が続いたとか、さんまの回遊ルートが変わったのでは?という推測もある。もちろん温暖化やそれに伴う潮流の変化も影響しているだろうけれど、筆者は一番の原因は全体的に魚の乱獲ではないかと訝っている。FAO(国連食糧農業機関)のデータによると「28%の水産資源が枯渇、または深刻な乱獲状態にあり、また50%強が現状以上の増産が困難」とある。(WWF より)
「僕もそれはあると思いますよ。天然の魚を減ったら養殖をするという手もありますけど、養殖に必要なエサは結局天然ものの魚だったりする。1匹を養殖するのにたくさんの餌が要りますからね」と佑吉さんは言う。
時が経つほど旨味が増す、熟成寿司とは?
海を取り巻く環境は、まるで厳しい荒波のよう。そんな昨今、徐福寿司では海に配慮した新しい目玉ができた。それは4代目佑吉さんによる「熟成寿司」。
上段左からイシガキダイ、ヒラメ、ハマフエフキ、シオ(カンパチの幼魚)、下段左からシビ、アオリイカ、玉子。津本式で提供するネタの多くは本州最南端の串本港で水揚げされた魚たち。
一般的に魚は鮮度が良ければおいしいというイメージがあるけれど、熟成寿司のネタは捌いてから最大で8日ぐらい日持ちするそう。しかも、日が経つにつれ、味わいも成熟していくという。そんなお寿司、聞いたことがない。
実際にいただいてみると、どのネタも臭みはゼロ。むしろ魚が本来持つ旨味がぎゅっと凝縮しているような気がする。ネタによって、甘だれやポン酢、薬味が可憐にあしらわれいて、醤油を一滴も落とさなくても、おいしい。
「以前はネタをサク(切り身のこと)で仕入れていたんです。すると3日目ぐらいからはどんどん味が落ちてきてしまい、どうしても廃棄していました。こんなことしていたらもったいない。どうにかならんかな、と思ってました」と佑吉さんは言う。
佑吉さんは魚の長期保存の方法を調べてみた。ある日「魚の旨みを引き出す津本式」という情報を目にする。津本式とは津本光弘さんという方が考案した血抜き方法だ。
「そもそも魚の臭みの原因は血液の中に介在しているんです。なのでしっかり血抜きしたら、魚もちゃんと日持ちするんです」。
休みの日になれば魚を買い、練習をしたり、SNSで繋がった三重県の魚の仲買いさんにお願いして、三重県まで車を走らせ津本式のレクチャーを乞うた。
そしてある日、自分で仕立てた養殖ものの魚を3代目陽互さんに食べてもらったところ、養殖ものとも気づかないぐらいおいしい、とのお墨付きを得ることができた。かくしてめでたく津本式は徐福寿司でデビューを果たした。
「津本式で処理すればこんなに魚がおいしくなる。魚が苦手な人にこそ食べてもらいたいですね」と佑吉さんは言う。
食料廃棄を勿体ないと思ったその心。1匹の魚をなるべく長く保たせて、なおかつおいしくなる技。そのおいしさを食べる人に伝えたいという若き寿司職人の心。そのすべてを私はSDGsなお寿司と呼んでいます。
(写真=丸山由起/取材=へメンディンガー綾)